「慶介は騙すのと騙されるの、どちらが好き?」
唐突にして不躾な質問だった。
相も変わらず人のいない屋上で、中々暖かくならないなとぼんやり青空を眺めていれば、
思いつきのような小野寺の問いが、突然隣から耳に飛び込んだ。
「どっちもいやだ」
迷わず答える。
平穏が一番だ。騙すのも騙されるのも面倒ごとでよろしくない。
「人生には避けて通れない道があるんだよ」
だが小野寺は俺の返答に負けじとそんな言葉を返す。
そんなにどちらかを選択させたいのだろうか。
「……その質問、何か意味があるのか?」
「今日は正々堂々嘘を付ける日だよ」
「……ん?」
その言葉に、そう言えば今日は何日だったか、と考える。
こんな状態になってから、すっかり日付の感覚が薄れてしまった。
「もしかして、今日エイプリルフールなのか?」
「そうだよ、四月一日」
「それが嘘ですってオチはないよな?」
「慶介を騙すならもっと面白い嘘をつくかな」
「……」
それはそれでどうかと思うが。
「こういう日は、何か特別なことをしたくならない?」
そして何処か浮かれた調子で言う。
小野寺は、何かとちょっとした事に楽しそうな様子を見せる。
恐らく、今までの人生であまり多くのことを経験してこなかったせいなのだろうが。
そういう小野寺を見るのはなんだかんだで好きだし、何となく自分も楽しかった。
「特別なことって例えばなんだ」
「一日嘘だけを言い続けるっていうのは王道すぎるかな」
「王道だし、多分途中でどれが嘘でどれがホントか解らなくなるぞ」
「それはそれで楽しくない?」
「出来たら普通の会話で余計な労力は使いたくないな」
「じゃあやっぱり、騙すか騙されるかどちらかだよ」
「なんでそういう結論になるのか俺には理解しがたいんですが」
小野寺に至ってはいつものことではあるが。
多分、本当はなんだっていいのだ。
小野寺が楽しんでるのはこのやりとりの方だと思う。
互いが此処にいて、こんな他愛の無い会話のネタさえあれば、なんだっていい。
……少なからず、俺はそう思っているのだが。
「……うん」
そんなことを考えた所で、小野寺がふいに納得したような声を漏らす。
一瞬、内心に相槌でも打たれたようで戸惑ったが、流石にそんな筈はない。
「やっぱり慶介、嘘ついてよ」
勝手に動揺していると、小野寺は静かにそう続けた。
「自慢じゃないが俺は嘘が下手だ。良いのか」
「いいよ別に、どうせ解ってる嘘なんだから」
「まあ、そうだな」
やるからには本気で騙してみたくもあるが。
「なんだかんだで、慶介は頼んだらやってくれるよね」
「まあ、減るもんじゃないしな」
小野寺の頼みでもあるし、とは別に言わないが。
「じゃあさ。この先もずっと側にいてって頼んだら、それも聞いてくれる?」
「……」
次の瞬間飛び込む、何かを含んだ笑顔。
これが狙いだったか……。
「どうだろうな」
多分、小野寺が求めた物とは違うであろう返事で答える。
「ひどいな、折角嘘ついてっていったのに」
案の定、小野寺は苦笑へ表情を変えて不満げな声を上げた。
「いちいちそういう予防線貼るなっていうんだ。嘘でいいのか?」
「だって、無理だよ」
今度は諦めたように笑う。
「この状況がいつ終わるかって解らないけどさ。でも、ずっと続くことはないんだろうなっていうのは解るよ」
「だから、その時までだろ? 少なからず俺はこうしてる以上、小野寺といると思うけど」
「……」
俺の言葉に小野寺は黙り込む。
きっとまた、俺がなんの前触れも無く消えるんだろうだとか、不安がっているのだろう。
こればかりは小野寺の癖だからどうしようもない。
いい加減俺も慣れたし、同時に諦めてもいる。
「……やめだやめ。こういうのは宇宙人見ただとかツチノコが出たとか、そういう下らないのでいいんだ」
「そうだね。……結局は気休めでしかないし。――慶介は一度騙されたくらいじゃ疑わないんだなって、よく解ったよ」
「……はい?」
何を言ってるんでしょうかね小野寺さん。
よくよく見直せば、小野寺は一転してどこか楽しげな表情を浮かべていた。
「ごめん慶介、実は僕にも今日が何日か解らない」
「……なんだそれ……」
つまり、
「やっぱり今日が四月一日って嘘だったのか」
「いや、もしかしたら本当にそうかもしれない。解らないけど」
「じゃあなんで今日がエイプリルフールだなんて言い出したんだ」
「そういえばそんな日もあったなって、思い出したんだよ。どうせもう日付の概念なんてないも同然だし、そういうことにしてみても良いかなって」
「良くない」
「悪かったよ、すんなり納得すると思わなかったんだ」
「……まあ、別になにかあったわけじゃないし、良いけどさ」
小野寺の行動に怒れりきれないのは多分、謝りつつも小野寺が何処か満足そうだったからだと思う。
結局俺もこいつには甘い。
「また何か思いついたら偽造してみることにするよ」
「やめてください」
そうして結局、いつも通りの一日に帰っていく。
……小野寺が言うように、ずっとこうしているなんて無理なのだろうし、もしかしたら、明日唐突に終わりを迎えるのかもしれない。
だが、今は。
この嘘と大差ない日常に身を委ねていたいと、そう思っていた。
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2012,4,1